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カヤオ

カヤオ

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カヤオは南米大陸の西側の中心となるペルーの首都リマの玄関口となる港町。人口約750万人の大都市リマは、植民地時代の文化と近代文化が入り乱れている。】

リマ

 5月9日、13時30分のシャトルバスでリマに向かう。カヤオの町並みは低く、質素、貧しい感じが強い。リマに近づくと通りに面したところはこぎれいな住宅が目立つ。どの家も高い塀かフェンスがあり、かつてグアテマラで見た様子とそっくりで、治安の悪さをうかがわせる。ただ自動車はおしなべてきれいで、とんでもない車が走っていることはない。

墓参りの花を売る店カヤオ風景

 リマの町は霧なのかスモッグなのか15階のビルの上方はかすんでいる。町の中の通りはバスやタクシーの多さが目立つ。一番の繁華街を歩いてINKA MARKETにいった。さまざまな商品が並んでいて楽しい。
 5月10日、カヤオの墓地が賑わっている。今日は母の日で、墓参りする慣習があるとのこと。道路には花を売る店が並んでいる。昼には男性が食事を作る習慣になっているそうだ。(写真左:墓参りの花を売る店 右:カヤオ風景)

市庁舎バルコニーを持つ建物

 バスは旧市街を目指して進む。ボログネシ広場、グラウ広場、サンマルティン広場と次々に通過、広場の中心には銅像が建っている。そしてマヨール広場で下車。1835年リマの建都と共に建て始められ、1622年に完成したリマの大聖堂、その向かいには市庁舎(元市参事会庁舎)があり、右辺には大統領府が並んでいる。左辺には17世紀の特徴を残している建物があり、技を凝らしたバルコニーが珍しい。(写真左:市庁舎 右:バルコニーを持つ建物)

恋人たちの公園ワカ・プクジャナ遺跡

 ここからサン・イシドロ地区、ミラ・フローレス地区へと新市街に向かう。ミラ・フローレス地区には大使館が集まっており、人質事件の日本大使公邸は建物が撤去され、塀のみが残っている。近くに新大使公邸が作られている。二重の高い塀に囲まれた、警備に重点を置いた建物となっている。バスは海岸に出た。海からは80m程の崖になっていて、海側にはいくつもの公園が作られている。マリア・ライヒの公園は芝生の中にナスカの地上絵を模した作りになっていて、ハチドリ、コンドル、クモ、トカゲなどを見ることが出来る。有名な「恋人たちの公園」で下車、抱き合う巨大な男女の像の下には、ガウディ調の飾りが並んでいる。隣接するラルコ・マルには地下にショッピング・センターが作られている。バスは昨日歩いた中央通りを進んで、「ワカ・プクジャナ遺跡(PUACA PUCLLANA)」に向かった。先スペイン期のリマ文化期(200~700年)の行政と宗教の中心地であったと考えられている。日干し煉瓦を積み上げて作られた遺跡である。(写真左:恋人たちの公園 右:ワカ・プクジャナ遺跡)

砂岩の崖が続くリマの海岸リマの屋台

 再び海辺に戻って、昼食は海上レストランROSA NAUTICA。贅沢なコースの食事だった。食後はラルコ・マルでお買い物タイム。「FLOWERS OF MACHU PICHU」「TREES & BUSHES OF THE SACRED VALLEY」の2冊を購入。(写真左:砂岩の崖が続くリマの海岸 右:リマの屋台)

ラファエル・ラルコ・エレラ博物館

ラファエル・ラルコ・エレラ博物館博物館の展示品1

 最後の下車地はラファエル・ラルコ・エレラ博物館(MUSEO ARQUELOGICO RAFAEL LARCO HERRA 1926)。ペルーの古代文化からインカ文明までの土器や黄金の装飾品などを展示してある。ゲートから入り口までのスロープに色とりどりのブーゲンビレアが咲いていて美しい。花壇コンテストに入賞したそうだ。RAFAEL LARCO HOYLE(1901~1966)が収集した土器25,000点があり、研究者には公開されている。リマ文化期モチカ文化の壺には型を使って作られたものがあり、肖像画の代わりとして利用されたのではないかと想像されている。またナスカ文化の壺は美しく彩色され細かい模様が描かれている。織物は綿やアンデスではビクーニャの毛が使われている。赤色はサボテンに寄生する虫から得られる。LOS QUIPUSという糸の結び目で記録を残した資料があった。解読は出来ていないそうだ。別棟にSALA EROTICAなる部屋があって、言うなれば性教育に関する土器が展示されている。(写真下2枚:Erotic Gallery)

博物館の展示品2博物館の展示品4博物館の展示品3博物館の展示品5